トラウマという“召喚獣”から自由になるために

「トラウマなんて存在しない」――そんな強い言葉を聞くと、驚く方もいるかもしれません。ですが、ここで言いたいのは「トラウマを軽視する」ということではありません。むしろ逆で、その呪縛から解放されて、もっと自由に生きられる視点を共有したいのです。




トラウマは定義の問題

「トラウマ」という言葉は便利です。ですが、しばしば“言ったモン勝ち”のように使われてしまう面もあります。たとえば、

「鶏肉はあまり食べたくない」

「昔、鶏肉にあたって腹痛で酷い目にあったことがあって…だからトラウマなの」


この2つは内容としてはほとんど同じです。しかし「トラウマ」という言葉を使った瞬間、相手に与える印象は大きく変わります。まるで「私は辛い過去を背負っているから配慮してね」という圧力を帯びてしまうこともあるのです。




トラウマは一人では存在しない

興味深いのは、トラウマは“自分ひとりの中”ではあまり顔を出さない、という点です。たとえば、スーパーで鶏肉売り場を見かけても、一人ならただ避けるだけで終わります。しかし友人や恋人と一緒にいて「鶏肉を買おうか?」と聞かれた瞬間――過去の記憶を引っ張り出し、「実はね…」と語り始める。まさにトラウマは、このとき“召喚”されるのです。




トラウマ=召喚獣の比喩

ここで「召喚」という言葉を選んだのには理由があります。RPGゲームに出てくる召喚獣を思い浮かべてください。強敵に直面したとき、自分を守り、戦いを有利に進めてくれる存在。それが召喚獣です。

トラウマも似ています。過去の出来事を呼び出すことで、「自分には辛い経験があるのだから大目に見てほしい」「理解してほしい」と周囲に働きかける。つまり、自己防衛のための“召喚獣”として現れるわけです。




呪縛からの自由へ

大切なのは、この召喚獣に支配され続けないことです。トラウマを持ち出すことで守られる場面もあるでしょう。ですが、それに頼りすぎると、かえって自分の可能性を狭めてしまいます。

過去の辛い経験は「トラウマ」という呪縛ではなく、「知恵」や「力」として再解釈できる。そうした視点を持てたとき、私たちは召喚獣を従える主人公として、本当の自由を手にできるのだと思います。

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