調味料は本当に必要か?──ゼロベース思考で考える「調味料不要説」

はじめに

僕は現在、調味料をできるだけ使わない生活を模索しています。
この理由は単なる節約だけではなく、調味料そのものの存在意義や安全性に対する根本的な疑問からです。




1. 調味料が日本人の食費の大きな割合を占めている驚き

日本人の食費の約1/3が調味料に使われているという事実を知り、まず驚きました。
食べるものの味を左右する調味料は、多くの人にとって「当たり前にある」存在です。
しかし、そのコストと役割を見直す価値は十分にあると思います。




2. 調味料の不自然さと安全性の疑念

多くの調味料は開封後でも長期間腐らずに保存が可能です。
これは食べ物としては不自然であり、保存料などの添加物が多く含まれている証拠と言えます。

こうした添加物が身体に及ぼす影響は決して無視できません。
超加工食品である調味料は美味しさの追求と引き換えに、健康へのリスクもはらんでいます。




3. 「本当に美味しいのか?」という根本的な疑問

調味料が加える味わいは確かに食事の満足感を高めます。
しかし、それは本来の食材の味を損なっている可能性もあります。

「調味料によって生み出される味は、本当に体にとって必要なものなのか?」
この疑問は、調味料を減らす過程で自然に湧いてきました。




4. 塩へのこだわりと例外視の理由

塩はよく使っています。
それも、非常に慎重に、必要と感じた時だけ。

なぜなら塩は、生命維持に不可欠なミネラルであり、体の調律に欠かせないからです。
ただし、現代における塩の過剰摂取は問題であるため、塩であっても必要最低限に抑えるべきだと考えています。




5. 文明を疑い、「現代における原始人」へ

僕は今、文明の恩恵を享受しつつも、同時にそれに支配されている現状を疑っています。

そこから離れ、ゼロベースで食の本質を見つめ直したい。
原始時代の生活に近い、必要最低限の食べ物と調味料だけで生きることは、
現代における「原始人」としての生き方の模索だと感じています。




6. ゼロベースの冒険としての人体実験

調味料を一つずつ減らし、最後に残るのは塩。
それすらも手放した時、自分の身体がどう反応するのか、何を感じるのか。

これは自分自身を使った人体実験であり、旅のようなものです。




7. 冒険の終着点と新たな始まり

調味料のない食生活は、単なる節約や健康法ではなく、
自分自身の感覚や身体と向き合い、文明の枠組みを超えた生き方の探求です。

それによって得られる感謝や自由は計り知れません。




おわりに

調味料不要説は、現代の食生活を根本から問い直すきっかけになります。

僕はこれからもこの冒険を続け、変化や気づきをまた共有していきたいと思います。

同じ思考に共感する方がいれば、一緒に考えを深めていけたら嬉しいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました