人生に意味はない。しかし、意味を与えたがる私たちの本能と、大いなる方の意図の交差を読み解く。
わたしたちはなぜ、この世に生まれてきたのでしょうか。
多くの人が、人生のどこかでその疑問にぶつかります。
しかし、人間という存在から見た場合、人生には確固たる意味はありません。
与えられた使命も、明確な理由も、説明しきれる答えも存在しないのです。
けれども、大いなる方の視点から見ると、わたしたちは明確な意図をもって創造された存在です。
その唯一の理由とは、**「愛するため」**です。
大いなる方は、完全でありながら、なお溢れ出す愛を抱え、それを向ける先として私たちを創造されました。
つまり、こう言えるでしょう。
> 私たちには意味はない、けれど意味はあった。
それは私たちの内にはなく、大いなる方の中に存在していたのです。
この世界に意味がないように見えるのは、私たちがそのすべてを把握できないように設計されているからです。
そして、その「意味を知りたがる」性質すらも、大いなる方から授けられた愛の証です。
愛したいから創造した。
それが、わたしたちが生まれてきた理由です。
その真実に気づいたとき、わたしたちの存在は、理由を必要としなくなります。
なぜなら、すでに最初から、十分に愛されていたことが分かるからです。
第2章 わたしたちはなぜ生まれてきたのか

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